雪だ

2012年12月11日 日常
自転車で大学へ向かうと 大学の前の 太田川の河原が真っ白だ

そうだここはゴルフ場なのだ 白いと広く大きく見える

大学の前にゴルフ場が有るのではなくて

きっとゴルフ場の方が早くってその山際に大学ができたのかもしれない

当時の広島は駅から5kmも北に行くと郊外でゴルフ場のある都市だったのだろう

で 研究室は暖かいのでまた忘れてしまう

夕方 自転車で山を降りていると 頬に冷たい物が当たる

寒いと少し草臥れる

朝ご飯ん

2012年12月10日 日常
0900に起きて ホテルの1階に降りる

卵もハムも無いのだが 焼きたてのクロワッサンとパンがある

これ以上は太れないのでバターもジャムも塗らずに

紅茶でいただく

お隣の先生と一緒の学会なので 朝から話し相手がいる

で1000から朝風呂に入って1100に身支度をして

東京の街に繰り出す

学会

2012年12月9日 日常
役に立つ学会もある と感激した

でも発表者は浮かない顔してる

タイトルは 日本語を如何に外国人が習得しようとしたか その歴史の学会発表だ

僕の所属する学会は小さなもので

僕は広島から出てきて聞くから嬉しいのだが

東京の大きな学会ではこの種の論文は批評される先生方が多いのかも知れない


つばめグリル

2012年12月8日 日常
新宿のルミネ1の7階で待っていた

今時 携帯電話もなしに 駅前で待ち合わせは出来ない

時間通りにに現れた で最初に「地震どうでした」だった

講義を6階の古いビルでしていた 階段に逃げ込もうかと 思ったが

学生の手前 格好わるいと 躊躇した と言うと

NHKが避難して下さいと連呼してたでしょう「恥も外聞もないでしょう」と言われながら

久しぶりに食べたトマトのサラダとハムは懐かしい味がした


逞しい女の子である
大学2年で50万かけて イギリスとパリをみて
パリで財布を擦られて 帰ってきた

英語は出来ないけど でもヤッパリ海外に行きたいと

3年生の夏に僕と一緒にシドニーに出かけた
途中の台湾でバスの中にi-podを忘れて空港の中を走り回り

シドニーつくと 日本語を教える教室にいるので
水を得た魚のように動きだし
たった2-3週間で
パーティーガールとホームステイの小母さんが驚くほど
仲間が増えた
帰りの台湾の飛行場で「保険」でipadを取り戻した

で半年たった3月に
「大学へはイカンデ イイケ 、シドニーに逢いたい男の子がる」と
僕が学生を連れて 3週間の研修に行く時に付いてきた

すると9月には イケ面の彼が「日本に留学します」と追いかけて1年間も僕の教室に居た、イケ面君の母親も 息子がどんな女の子と付き合うのか
?どんな家族か気になるので見にきた

そこで母親つきで東京へ行き「お正月の東京デズニーランドおごってもらった」と喜んでた
3月の卒業式には背広で彼を待たせていた

その彼が7月に大学院へ行くとシドニーに戻った

寂しそうな顔してたが
彼が大学院を出るまで 私は「シドニーでワーキングホリデーでバイトして稼ぐでもヤッパリ英語は出来きない だから

安い フィリッピンで英語習う、発音が下手でも、通じれば良いと9月に出かけ 先週帰ってきた

「下手じゃけん 英語しゃべらさんといて」と言いながら英語の履歴書をバイト先に送ってる

「来週は彼に会える クリスマス前ににシドニーに行ける 彼の母さんも喜んでくれて 大きなベットを買ってくれた」と惚気ている

タメ口

2012年12月6日 日常
50歳を超える頃 つまり15年ほど前に この言葉を覚えた

韓国人の留学生からである

お隣の先生がベランダのドアを叩くと思って「すいませんでした今開けます」と走って行くと 学生さんが

「何 シッカリ 鍵かけてんの お湯 頂戴」とカップヌードル持ってニコニコしてる

書きかけのパソコンを辞めて ドアに走った 僕への気持ちが無い

「帰れ 来るな」と言うと「エッ なぜ?」と言う

お湯のポットに向かうから もう一度「帰れ」と言うと

「あ ゴメン」と言うが なぜ怒ったか分から無いようだ

当分 来ないであろう

教授に敬語の一つも使えずにどうやって就職するのだろう
何でマダガスカル? と学生さんが言う

マンガアニメ論の講義だ

今のUSAを見るにはこの程度の「のり」がダイタイ中心なんじゃと 僕

このアニメは 動物園を抜け出した5匹(4匹とぺんぎんの4匹)の冒険ものだが

アニマルファームの 現代版 アニメとも取れる

シャレ(エエカッコしい)と遊びとユーモア(からかい)がUSA

日本は「愛と勇気と友達」をチャンバラ(使わなくなった言葉ですね)を

通して表現して居る気がする


Sydneyのお金は?

2012年12月4日 日常
朝から学生さんが来る

sydneyの3週間は幾らお金がかかるの?である

安いとこがあれば嬉しいである

この時代には 安くないと動けない

留学もお安く上げ無いとイケナイ

で「本当に英語が下手だけどイイ?」と聞かれる

「日本語を教えに行くのだから 英語を喋ってはイケマセン」と言うと

安心して帰る

養老孟司

2012年12月3日 日常
今頃になって「バカの壁」を読んだ

理解しにくい物を、理解したく無い人に いくら説明しても無駄だ

と書いてある気がする すると

学問が嫌いな人に 過去の論理をいくら丁寧に話しても無駄だ となる

この本の通りだとすると

今の若者は 「学問をしたい学生さん」は 東大でも少ないと読める

一応 大学の教授の僕は 「大学スタイル 1人おしゃべり芸人」かもしれない

そう言えば、昔 ケーシー高峰 とかいう黒板使った芸人が居た


雨だ

2012年12月2日 日常 コメント (1)
東京は雨だった

明け方 暖かいので安心してた 天気予報も晴れだと言ってた

でも昼に雨脚が強くなり 寒くなった

人生も天気も色々ある

時には雨がふる

サイボウズ 山田

2012年12月1日 日常
就職の説明会を学生さんと一緒にきいた

門真市生まれ大阪外語 ペルシャ語 1年かけて世界一周

テニス部 興銀8年でベンチャーのサイボウズに

副社長だと

僕も若ければ 繰り返したい人生だ

学生さんより僕が再就職したい
ゼミの写真
今日は卒業記念の写真を撮る日だ
僕のゼミ生には
3年で子供を産んで退学した女の子も 居たし
4年で子供を産んん 休学の女の子も 居る
2人とも
僕のゼミ生なので
        他のゼミ生も子供を見たいと言う声もあり呼んだ

写真を撮る間に

ゼミ室の中を
         赤ん坊が ヨチヨチ歩く

日本に貢献する基準で考えると
今の時代に 子供を産んでくれた方が
少ない就職先を仲間と争うより
                  素晴らしい事だ
  と言うのは 言い過ぎかも


キテレツ大百科

2012年11月29日 日常
始めてのチュウを 流して と学生さんから

で講義で流すと 皆が静かだ

この音楽が流れている頃に 子供から若者に成ったのかも

ストーブの前でうずくまる犬の 脇でこのブログを 書いてる

朝 寒く成ったのか 犬が僕を起こしに来ない

不可かも

2012年11月28日 日常
女の子の学生に 出席が悪いので 受験資格がありません と伝えると

猛然と 反発してくる 僕が譲らないと「フン」と言って 犬がフンの処理をするようrに 足音を立てて帰る

男の子は「見逃してくれる」かなと グズグズして 集団に隠れて試験を受ける

イジイジとしてグズグズしてると「仕方ないわね」と助けて呉れる「クセ」がついているのかも

世の中もソウナノダロウカ「ボケ老人」のフリをしてると 「仕方ないわね」と助けて呉れるほど日本は余裕が有るのだろうか

大丈夫?ヤバイ?

2012年11月27日 日常
「 先生 俺 大丈夫?」 と出てくる学生が増えた

そろそろ期末である

「出席ぐらい 自分で 数えなさいよ」と突き放す

サービスの悪い(コンビニの店員め)奴と言う顔で僕を見る

で仲間と「出席がヤバくって」と話してる

講義が終わると「ヤバッ バイトの時間だ」と飛んで帰る

ヤバイ 大丈夫?で生きて行くのかな

遊んで貰った

2012年11月26日 日常
日差しが出たので 風が出てこない間だにと思い 犬の散歩をした

犬も動くなら 僕も動こうと3時からの練習に出かけた

30分前に着いて 500meterを7週ほど (いや400meterかな)して

オジンのラクビーだ

でも運動靴で来てしまったスパイクを取りに行くには家まで時間がかかる

コンタクトをせずにメガネで来てしまった 裸眼になると周りがボヤける

役に立たない 練習生だ

でも 皆がそのうち我慢して 使ってくれた

家に帰えると 女房が「お風呂が沸いてるわよ」と

娘とカレー

2012年11月25日 日常
昼に女房が居なかった

で娘と2人でカレーにした

「パパ ご飯を買ってきて」と言われて セブンイレブンへ

娘がカレーの残りを温めて 買ってきたご飯をチンして

2人で食べた




30人の教室に中国からの留学生が3人いる

男子2人は天津 女子1人はチチハルからだ

なんで「チチハル」って言わないの?と聞くと 日本の人「知らない」と言うと

僕は戦後の教育だが 旅順 大連 奉天(瀋陽) 吉林 ハルピン チチハルは知ってる

満州鉄道のアジア号も知ってる

当時の日本の夢を 「暴挙と悪夢」に変えた 歴史の教育だと思うのだが

言い過ぎなのだろう

大丈夫です

2012年11月23日 日常
4回も大阪に呼んどいて紙一枚で「残念ながら」なんて3日も泣いた と女の子が来る

最後の面接は額面19万手取り16万で大阪で暮らせますか? とシツッコク聞くから

何度も「大丈夫です頑張ります」と答えたのに落ちた 許せん新幹線代を返せ と

先生 聞いて 失礼しちゃう と 涙ながらに訴える

この子が帰って暫くすると

ハーフのチョット可愛い子が 「先生」とドアを開ける

「あーxx君は不可が決まったよ」と言うと

「酷い 部屋に会いに来てるのに」と涙ぐむ

僕の部屋に来るのが 授業じゃないよ 教室に顔を出さ無いと 落ちるのは当然だろ

もう10回目の講義だよ と

「先生 心入れ替えて これから 毎週の講義にでる 大丈夫 休まない お願い」と

大丈夫と 言えば 済むのは 子供の頃の擦りむき傷の赤チンで終わりだと思うが

今日は女の子に 2人も泣かれた


6年ほど前の 卒業生が顔をだした

痩せて寂しげな感じの女の子である

「もう28になる どうしよう」と言う

「縁だし 頼りになりそうな男は少ないしね」と僕

この子となら 間違いを冒しても と思うほどの可憐さであるが

今は 男が縋りたい 時代なのだろう

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