1)前に会った キリスト教の勧誘の方が  向こうから 歩いてくる 

今は 平和公園で 行き交う人も少ない   この方々は 熱心だ 

何時も2人なのに 今日は 3人だ 大柄の外人( 多分20過ぎ30は超えてない)が一緒だ 

この外人が 日本語で一生懸命 話しかけている (彼女の 日本語の 練習台かな 僕は?)

2)しかし 外人の日本語を話そうとする 努力は分かるが その日本語は草臥れる

 「ネー英語でも良いよ」にした    すると 堰を切った様に 早口で 英語を喋りだす

僕は 「一寸待ってくれ 英語は ゆっくりなら 理解できるが 

貴女の若さと速さには この73才の  僕はついてイケナイ」で 逃げる

3)しかし 聞いてると

 「神がないと 人間は自分勝手に何でもする まるで 悪魔の様だ」と言う

論理に聞こえる

4)どうも僕は 反論するくせがある

神があるから 悪魔が有るのではないか? 

この世の不公平を 悪魔として 自分だけはその悪魔から逃れる為に

神が産まれたのではと 思う と反論しても 英語でも(多分 日本語でも) 噛み合ない

5)仕方ない

多少太ってるけど 若い外人の女の子が 散歩の途中で お話を してくれた

英会話の練習もできたと 思えば 上天気でも あるし 満足しよう

コメント

naochan
2021年2月17日12:02

神があるから、悪魔がある。なるほどと思いました。
何事も2面性を持っているとも言えますね。
勉強になりました。ありがとうございました。

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