1)親子3人の外国人旅行者は 今の広島では 珍しい

で美人の11才の女の子に

1973年生まれの お父さん と お母さん(年は聞けなかった)に会った

2)キッカケは平和公園で犬と散歩してると 何となく ポルトガル語が 聞こえた

ウレシく成って 話しかけたのだ

3)お父さんと話しだすと 彼が言うのには

 3年間 東京に居るけど 日本語が上手く成らないと

4)大丈夫だよ 日本人だって 日本語が出来ないよ と 僕が言うと

11才の寂しげな 女の子の顔がほころんだ

5)僕の勝手な推測だが 3年日本にいるなら

8才から11才まで 何処の学校(インターナショナルスクール?)に通ってるはずだ

6)でもこの秋晴れの土曜日の朝一に父母と 広島に来れるなら 

金曜日の夜から 広島に来てるのだろう 

異文化の日本で ブラジル人として

違う文化の中で 子供を育てるのは 難しいと 勝手に推測した

7)日本は 節操なく ルールを代える事で 海外との文化の摩擦を乗り越えて

中国の漢字から 仮名(仮の字)を 作り  此れを男女に使い分け

8)2次大戦に負ける前までは 横に字を書くときは アラブみたいに 右から左だったし

明治維新(150年まえ)になって 全国共通の 普通語を作り出し

9)こんなに チョコチョコかわる 日本語だから 日本人だって難しくって 大変なんだよ

日本語を いい加減に 僕は 話すから ポルトガル語が 話せるんだよと 言うと

お母さんが そうだね 出来なくても 話すと 良いんだね と 妙に感心していた

10)僕の いいかげん な ポルトガル語が

 11才の女の子の 笑顔に 少しでも つながればと 思う

追伸:曜日を間違えて 書き直した

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