以前の父と暮らせば と重複するが 勘弁下さい

(1)70年程前 農協法が 出来て  何とか整備され

 米穀通帳さえ 有れば 定価で お米が 買える様になった

米穀通帳は身分証明書の代わりの様に 僕の小学校3年ぐらい迄は 効果が有った

政府が  農協の整備してくれた  ので 東京でも お米が手に入るように成った

で 父は 無医村の 村営病院の お雇い医者を止めて  東京で 独立しようと 考えた

父曰く 子供の将来を考えると 田舎で 教育は 無理だ 此れからは 学問の時代だと

思って 子供の為に出たいと 思ったと

(2)で 東京へ向かう 

その時に 省線(JRの事)で  タマタマ 隣に座った オジさんと話しだした

で そのオジさんが 言うのには 「貴方 なにしに 東京に行きなさる」

と聞かれ「東京で医者を開業したい」と 話すと 

相川さんと 言う オジさんが 言うのには

「 俺は 鉄工場を やって20人ぐらい職工を雇ってる 

場所は蒲田と 羽田の 間の 萩中と 言う所だ

良ければ 家の土地を少し分けるから 其処で 開業してくれないか?」

「30万都合しろ 送って来たら 病院を建てといてやる 土地もやる」 

「今は 工場で怪我人がでても 羽田か 蒲田まで 行かないと 医者が居ない  

ドッチへ向かっても 一里は無いが 半里は 離れてる」 と

ウレシかったが 騙されてるのかとも 思った で 「貴方を信じて 大丈夫か?」と聞くと

「家まで 付いて こい 工場を見せれば 解るんだろ」 で 付いて行って 鉄工場を見せて

もらって 泊めてもらった

(3) 翌朝  医学校時代に 世話になった 旗之台(目黒と池上の間)の お医者さんで

昔 学生時代に  父の牧場で 乳搾りをして 名古屋医科専門学校をでた 方と 相談した

「よっちゃん(父のこと) 其処は 良い場所だ  なぜなら 中小企業の工場が 此れからも

イッパイ出来る 東京と川崎と横浜の 下請け会社の場所だ

それぐらいの 所のほうが  怪我人も 病気の人も  イッパイ出る

間違っても 立派な 住宅街に 行って 開業してはイケナイ  綺麗な住宅街では 

病人も怪我人も少ない タマに 居るのは 気のふれた か ふれ罹った 奴だ」 と

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