母と暮らせば その7 土曜日
2019年11月2日 日常 コメント (1)母の帰りを 待つ間 僕は 良く 大森駅の 駅前の 本屋に 居た
立ち読みだが まだ 少年マガジンどころか 貸本屋ですら 珍しかった頃だ
子供むけの読めそうな本も 豪華な西洋物の翻訳みたいのは あったが
小公子なんて 書かれていても 何だか分からず 高くって
僕が分かって 100円以下で買えるのは 薄っぺらな 問題集みたいのしかなかった
母は 問題集を買うと ほめてくれて
帰ると 一緒に 漢字とか 計算はしてくれたけど 時間が余って仕様がなかった
父のいる 萩中の家にはTVが来たと思うし
その頃の テレビは シャボン玉ホリデー と言うのがあったが
大人の世界の様で 何だか良く分からず
母と一緒に 家を出たので 馬込のアパートは TVが無かったと 思う
母の居ないアパートに 独りで帰るのが 寂しかった
立ち読みだが まだ 少年マガジンどころか 貸本屋ですら 珍しかった頃だ
子供むけの読めそうな本も 豪華な西洋物の翻訳みたいのは あったが
小公子なんて 書かれていても 何だか分からず 高くって
僕が分かって 100円以下で買えるのは 薄っぺらな 問題集みたいのしかなかった
母は 問題集を買うと ほめてくれて
帰ると 一緒に 漢字とか 計算はしてくれたけど 時間が余って仕様がなかった
父のいる 萩中の家にはTVが来たと思うし
その頃の テレビは シャボン玉ホリデー と言うのがあったが
大人の世界の様で 何だか良く分からず
母と一緒に 家を出たので 馬込のアパートは TVが無かったと 思う
母の居ないアパートに 独りで帰るのが 寂しかった
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