東京の 多摩川の出口の 羽田(穴森稲荷と言う)と 六郷(この川向こうが川崎大師)の

間に 萩中と 言う お寺さんの多い 集落が あって そこで 父が開業したので

この 京浜急行が 唯一の 交通機関で あった バスは あったが 昔の道路では

雨が降れば 15分20分の遅れは 当然だったので 

この京急(東京と横浜を結ぶ)私鉄が 生活の頼りだった

東京とはいえ 田舎ぽく 田んぼも多かったので 田舎の細い道ばかりで

 旧国道1号(現在国道15号)以外 大きな道はなく 

あの事故をみて   あの細い線路脇に道に なぜ 大型のトラックが  入って来て しかも

4回も切り返したと newsにあるから キット 始めての 場所なのだろう

毎回 通っている道とは 思えない

知らない道は ナカナカ走れないモノなのだろう

エンジンと タイヤが付いていても 




コメント

まるこ
2019年9月6日15:53

穴守稲荷なつかしいです。全日空の研修センターを兼ねたビルがあり、仕事で1週間ほど通っていました。今の京急は首都圏の私鉄の中でもかなり利益を上げているとか。

マサムネ
2019年9月7日0:37

実は1号も15号も片手で数えるくらいしか走ってないです。茨城から伊豆へ向かう時はほぼ、下道走らないですので^^ なので京浜と名のつく道路は勝手に横浜につくということが理解できませんでした(汗)

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