7:ブラジルで ホゲホゲ暮らしていたのですが ナカナカ休ませてくれません

アフリカに アンゴラと言うポルトガルの植民地があり 僕はポルトガル語を使う

ブラジルの留学生だったので 住友商事の人事は 浅井なら言葉も分かるし

体力もあるから と 思ってか 

革命で共産化した アンゴラに 赴任する事になりました

そこで その国の通信省にその国全体の電話網(パラボラ送信機 市外電話網 )を

納入する 通訳をしていたので 「浅井は通信の専門家ではないか」と錯覚され

日本の通信の自由化のさいに JR(旧:国鉄)の携帯電話屋となりました


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