会議にでる

2011年7月22日 日常
久しぶりに会議にでる。はなしを聞いてる、学校の先生の会議は、善意と努力の固まりだと言う気がする。

学生に「こう有るべきだ」と、勝手な理想を押し付けるのが、善意で教育だと、信じている。

僕は国際コースに所属してるので、殆どが英語の先生だ、自分等の教わった英語で「良い」と信じ切ってる

日本の英語教育がよければ、駅前留学もノバウサギも現れなかったとは思ってない。「あれば不正だから消えた」程度の認識だ。

サーこれを如何に変えて行くかが僕のする事なのかもしれない。
身勝手な善意ほど役に立たない と言うと、怒るだろうな

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