広島に来て12年が過ぎ今年で13年目だと思う、その間、広島のお好み焼き800円はどうも値段と味が合わないと思って遠慮していた

 貴方、おかしいわよ、東京でモンジャ食べて、大阪でたこ焼き食べて、なんで広島で、お好み焼きを食べないの? と言われても 足が向かなかった

 一昨日、インターナショナルスクールの屋台で食べ物が無くて、楓でたべた、昨日も、卒業生が、転職が上手く行きましたと来て、女房が出すものがないと

 お茶と羊羹で物足りなかったので、昨日のお好み焼きの話をすると、もっと旨いとこが有ります。と

 名前は忘れたが己斐(こい:場所の名前)の先の庚午(こうご:場所の名前)のユニクロの先を右に曲がった、住宅街の昼しかやってない500円と600円のメニューしかない店に連れて行かれた

 ようやく12~3年かけて分かった。これは家庭のご馳走なのだ、料理屋とおもうから、吉野家の牛丼と比較するから 値段と味が合わないのだ

 主婦の手間を考えるとこの値段で、味なのだ。そして満足できるのだ。

コメント

nophoto
あべ
2010年4月20日8:48

広島の食品問屋さんの支店長からうかがった話では、戦後、広島における進駐軍の配給で、何故か植物油と小麦粉ばかりがある。これで作れるものは何かと工夫した結果、マンホールの蓋をはずして火に掛け、油を敷いて粉を溶き、その辺の野菜の切れっぱしを入れたのがお好み焼きの始まりで、何でも入れるうち、焼きそばを入れたとか。価格との関係は、ブランド化したのかな。以上テキトーな意見です。

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2010年4月20日14:20

 そんな歴史があったとは知りませんでした……(@@)
 じゃ、戦前にはお好み焼きって無かったんでしょうか??

nophoto
あべ
2010年4月20日18:05

ごもっともな疑問。ウィキペディアを調べたら、もう少し根拠のありそうな歴史が載っていました。

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