このブログなる言葉を知ったのは、つい4年ほど前のことだった。色んな新しい言葉が出てくる。
ウユーチューブなる単語も2年ほど前に「なんだコリャと思う」程度のものが今では画像の力でブログを凌ぐ(しのぐ)勢いだ、
学生のレポートの殆どがウィキペディアのコピーに成ったのも去年には定着した。ウィキがよく出来ているので、これでは僕は何も知らないな、世の中の専門家はよく知ってるな。と驚いた単語だった。
こんなに新しいものが出てくると、学校って何をする(教えると言い切れない)所だろうと、明日からの学生への言葉に迷う。
ウユーチューブなる単語も2年ほど前に「なんだコリャと思う」程度のものが今では画像の力でブログを凌ぐ(しのぐ)勢いだ、
学生のレポートの殆どがウィキペディアのコピーに成ったのも去年には定着した。ウィキがよく出来ているので、これでは僕は何も知らないな、世の中の専門家はよく知ってるな。と驚いた単語だった。
こんなに新しいものが出てくると、学校って何をする(教えると言い切れない)所だろうと、明日からの学生への言葉に迷う。
コメント
お若い人には、今まで過ごしてきた人生を見せるのでいいのだと、最近、感じました。
確かに、「知識」は今、ネットで知ることも出来ます。
でも、どう、人生を過ごしてきたか・・・ということ、千差万別、沢山、例はありましょう。
誌面での学問でなく、先生の生き様をお見せになれば・・・と、一介の主婦の戯言です。(笑)
僕の生き様を見せることは、したいのですが、周りの人が困るでしょうから、考えてしまいます。
このブログに書きこんでいるのは実際の半分の半分ほどボカシテ書いてあります。生で(ナマで)書くと、ブログを閉じる(とじる)破目(はめ)に成っても寂しいので。